“終戦記念日”に思うこと

今日は8月15日、終戦記念日である。71年前の今日、玉音放送があり、戦争が終わった。私も戦死された方々に対して敬意と哀悼の意を捧げるため、そして戦後71年間に渡りこの国を発展させてきた方々に対して感謝を表明するために黙祷を行った。

こうした日に出す記事としてはあまり適切ではないのかもしれないが、今回はこの終戦記念日に対して少し問題提起をしたいと思う。なおあらかじめ断っておくが、私は終戦記念日が戦後獲得してきた社会的な意義について疑義を呈するつもりはないし、ましてや終戦記念日に先人に思いを馳せ、平和を祈ることに対して疑義を呈するものではない。

私が問題だと思うのは終戦記念日が8月15日に設定されているということだ。まずは各国が何日に終戦記念日(に類する日)を設定しているか見てみよう。

・8月15日:日本、韓国、北朝鮮、イギリス
・9月2日 :アメリカ、フランス、ロシア、ベトナム
・9月3日 :中国、台湾、(旧ソ連)

名称が終戦記念日であるから当然太平洋戦争が終結した日が設定されるはずだが、各国によってバラバラであることが分かる。そもそも9月2日、3日というのは聞き覚えの無い日ではないだろうか?そこで少し終戦の経緯について8月14日から9月2日までを少し説明したい。

1945年8月14日、御前会議にてポツダム宣言受諾が決定され、同日「終戦の詔書」が発布された。これは「耐えがたきを耐え」で有名な玉音放送と同じ内容である。また同日、スイス経由でポツダム宣言を受諾する旨が連合国に伝えられた。
8月15日、ラジオ放送によって「終戦の詔書」が放送された。同日鈴木貫太郎内閣総辞職。
8月16日、自衛の為の戦闘行動以外の戦闘行動の停止が命令される。
この後、全面的な戦闘行動の停止が命令されるまで、主に北方において戦闘は継続した。また命令の行き届かなかった場所においても戦闘が継続されたが、概ね8月下旬には収束している。
9月2日、日本代表、連合国代表が降伏文書に署名、調印。

これを見て気付くのは、8月15日はあくまで内向きに終戦の意思が発表されただけの日であるということだ。玉音放送にしても14日に発布されたものを録音放送、奉読したわけであるから本当に内向きかつ発表周知の日であったと評価出来る。一方で9月2日は降伏文書へ両者が調印した日ということで戦争が終わった日としては非常に分かりやすい。私が危惧するのはまさにこの点だ。

第二次世界大戦は日本のみが行った戦争ではなく、アメリカや中国といった相手がいた戦争だ。これの終戦日として、内向きの発表のみが行われた8月15日が適切かどうか。現にポツダム宣言受諾通知後にも満州や千島列島において戦闘は発生しており、玉音放送を境に全てが変わったわけではない。終戦記念日を8月15日とし、教育においてもこれを採用することは、第二次世界大戦が終わった経緯についての理解を誤らせ、ひいては戦争そのものについての理解を浅いものにしてしまう可能性がないだろうか。また8月15日以降に亡くなった将兵を日陰に追いやることにならないだろうか。もちろん昭和天皇が放送を行い、国民に語りかけられたことの当時の重大性は言うまでもないが、終戦記念日を8月15日に設定してしまうデメリットに勝るとは思えないのだ。

この記事はだからと言って終戦記念日を9月2日にせよと言っているわけではない。戦後70年に渡り、各種法律や行事によって定められてきた終戦記念日の社会的な意味は非常に重い。しかし前述した理由により、行事や報道、また教育において8月15日だけがクローズアップされるのも歪なものを感じてしまうのだ。なので、私から提案したいのは9月2日も終戦に関する何らかの記念日、祝日にしようということだ。これならば15日から2日に至るまでの終戦の経緯について考えることも出来るし、ひいては戦争全体についての理解も深まるかもしれない。

良くも悪くも第二次世界大戦が今の日本の土台となっていることは間違いないだろう。戦後71年が経ち、記憶も薄れいく中で私たちが戦争を意識するきっかけとしての記念日の存在は非常に大きい。“終戦”について学べる記念日であることを望む。