3.11と予備自衛官になった私

あの時、私は大学1年生の春休みを満喫していた。千葉でサークルの合宿、バドミントンで僅差ながら負けかけていた時に起きたと記憶している。突然体育館の電気が消え、誰が消したのかと振り向くや否や大きな揺れ。電気が復旧しない中、携帯電話でTVを見た同級生が「東北で震度7だ」と言った。地震大国日本は地震対策大国日本でもあると無邪気に信じていた私たちは、この時の楽観的な予想をすぐさま裏切られることになる。

 

結局宿舎に帰っても辺りは停電したままで、ろうそくと懐中電灯で夕食。電気は翌日早朝に復活したものの、体育館は使えず、かと言ってバスや電車も止まっており帰ることも出来ず、皆でワンセグにかじりついていた。結局発災2日後に東京のアパートに戻ることが出来たが、それ以降のことは概ね皆さんと同じだろう。しかしながら、私の場合は数ある震災報道の中からある記事に特に目を奪われることになる。「予備自衛官が初めて実戦招集される」という記事だ。

 

この予備自衛官という制度、現役自衛官だけでは数が足りないような有事に際して、普段は普通に働いている人で予備自衛官に登録している人が招集されるという制度だ。予備自衛官になるには大きく分けて2つ、元自衛官が予備自衛官になる場合と、大学生や勤め人等が教育を受けて予備自衛官となる場合がある。

 私の場合は後者に当たるのだが、実は2010年に予備自衛官を受験する予定があったのだ。しかしながら新しく大学1年生になる春ということで環境に慣れないだろうし、少し余裕が欲しいということで見送ったという経緯がある。もしその時に受験して、1年以内に訓練を満了していればという思いが去来しいてもたってもいられなくなった私は、まだ白紙だった募集用紙を埋めて最寄りの自衛官募集事務所に駆け込んだのだ。

 

もちろん自衛隊の本義は国防であるし、私も震災以前から予備自衛官になることを考えていた。しかし震災が起きなければあの募集用紙が提出されたかどうかはもう分からない。事実として震災が起き、私は予備自衛官となったのだ。今週末から5日間、訓練がある。責務をよく自覚し、招集訓練中は政治活動をせず、しっかり職務に精励してきたい。