福島県にかけられた「呪い」

2012年3月、当時大学生だった私は福島でスキーをしていた。サークル旅行の幹事を任された私が行き先を福島に決めた理由は、半分が安いかったから、半分が「どうせお金を使うなら被災県で」というものだった。様々な思い出があるが、スキー場は空いており、それに伴って春スキーにしては雪質が良かったことを覚えている。

 

あれから5年以上が経って福島県はどうなっただろうか?2015年のデータなので今とは言い難いが、コメの値段(全国平均比)は震災前より低いまま。観光客数は回復しつつあるものの震災前の9割。外国人観光客数に限れば震災前のわずか5割だ。製造業で工場が震災前より減ったとかそういう話ではない。コメの値段が低いのは消費者の忌避から来ているし、観光客はまさにそうだ。

 

もちろんこれは未だ終息していない原発事故のせいだ。しかし確かに原発事故自体は終息していないが、コメや観光客に本当の意味で影響があるレベルだろうか?コメに関しては震災以降全量検査がなされている。年間1000万袋全てだ。2015年以降の基準値超えは0袋で完全に安全と言っていい。というか基準値を超えたものはそもそも市場に出ない。観光客についても同様で、放射脳について未知の部分があるとはいえ、せいぜい1週間程度の旅行で影響が僅かでも出たら驚きだ。

 

別に問題がないのに震災前に戻らない、これを「呪い」と呼ばずに何と呼べばいいのだろう。もちろん構造的な問題もある。福島県のコメは産地を隠しやすい業務用に多くが回ったため、買い叩かれている等だ。しかし、福島県では県産品のPRに莫大な予算をつけている。それでも戻らない。言い切ってしまうが「呪い」の正体は風評被害に他ならない。

 

震災後「フクシマ」という表現が使われるようになった。「ヒロシマ」や「ナガサキ」と同列に扱いたいのだろう。しかし、福島県にも、もちろん広島にも長崎にもそこに住んでいる人がいる。勝手に外野からカタカナにして風評被害を固定化させることがいいことだとは思わない。しかも「ヒロシマ」「ナガサキ」が原爆投下の事象を指すのに使われる傾向があるのに対し、「フクシマ」は場所を指している分重症だ。私は前者もどうかと思うが。

 

テレビ朝日がビキニ環礁を特集するテレビ番組の副題に「フクシマの未来予想図」とつけて炎上した。番組サイトからはしれっと副題が消されていたのだが当たり前のことだろう。福島県に「フクシマ」という呪いをかけるのをやめよう。そして福島県に行こう。今の時期は桃がめちゃくちゃ美味しいはずだ。